アサガオの生理学
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アサガオの花形態形成
花の形作りの仕組み−ABCモデル−

 花は、どの植物種でも、通常、外側から萼片、花弁、雄しべ、雌しべの4種類の花器官がリング状に配列してできている。このような花器官の構成が変化した突然変異体がシロイヌナズナとキンギョソウで多数得られている。それらの突然変異花の多くは、花器官の配列を外側から追ってみると、次の3つのグループに分類できた。
 変異1:雌しべ−雄しべ−雄しべ−雌しべ
 変異2:萼片−萼片−雌しべ−雌しべ
 変異3:萼片−花弁−花弁−(以降、萼片−花弁−花弁−の繰り返し)
 本来萼片ができるべき領域に雌しべができたり、花片ができるべき領域に雄しべができたりするのである。ある器官が本来生じる場所とは異なる場所に生じる突然変異をホメオティック突然変異と呼ぶ。花器官構成の変化した突然変異はこれにあたる。どの変異でも、2つの隣り合った種類の花器官が同時に変化するという特徴がある。このことから、隣り合う2つの領域にまたがって発現する遺伝子が機能を失うことによって、これらの変異が生じたと考えられた。このような解析から、花器官は3種類の遺伝子の組み合わせで形成されると考えられ、花形態形成の調節機構を説明するモデルとしてABCモデルが提案された。
 ABCモデルは、外側から4つの領域を仮定し、3種類の遺伝子のそれぞれが隣り合う2つの領域で働くと考える(図F211)。すなわち、Aクラス遺伝子は外側の2つの領域、領域1と領域2で、Bクラス遺伝子は領域2と領域3で、Cクラス遺伝子は領域3と領域4で機能する。領域1ではAクラス遺伝子が単独で萼片を作り、領域2ではAクラス遺伝子とBクラス遺伝子が協同で花片を、領域3ではBクラス遺伝子とCクラス遺伝子が協同で雄しべを、領域4ではCクラス遺伝子が単独で雌しべを作ると考える。ここで、Aクラス遺伝子とCクラス遺伝子は互いに抑制しあい、Cクラス遺伝子は分裂組織の分裂を終了させる機能をも持つとの仮定を加えると、上述のどのタイプの花形態変異も矛盾無く説明できる。つまり、Aクラス遺伝子が機能しなくなった突然変異体では、領域1ではCクラス遺伝子が、領域2ではCクラス遺伝子とBクラス遺伝子が、領域3ではBクラス遺伝子とCクラス遺伝子が、領域4ではCクラス遺伝子が機能するようになり、領域1では雌しべが、領域2では雄しべが、領域3では雄しべが、領域4では雌しべが作られることになる。これは、上述の変異1の花である。同様に、Bクラス遺伝子が機能しなくなった突然変異体では変異2の花が作られ、Cクラス遺伝子が機能しなくなった突然変異体では変異3の花が生じることが説明できる。
 このように、A、B、Cの3遺伝子を想定することによって、各タイプの突然変異が生じることが説明できる。これをABCモデルと呼ぶ。

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図F211.花形態形成の調節機構を説明するABCモデル

ABCモデルの一般性

 花の基本的構成や花器官の発生順序はどの被子植物でも同じであることから、どの植物の花形態形成もABCモデルという一つのモデルで説明できるとされている。
 ABCモデルがシロイヌナズナとキンギョソウを使った研究から生まれたのは、これらの植物で花器官の構成が変化した突然変異体が多数得られたからであるが、他の植物でも同様な突然変異体がある。八重咲きはこのような突然変異の一つである。八重咲き花は観賞価値があるので、人々の注意を引き、保存されるから、今日、多くの種に八重咲きが存在する(図F221)。シロイヌナズナやキンギョソウでは、Cクラス遺伝子が機能しなくなった突然変異体が作る変異3の花が八重咲きになる。どの八重咲きもシロイヌナズナやキンギョソウの八重咲きと同じ花構成ならば、どの植物の花形態形成もABCモデルで説明できると推定する根拠になりうる。

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図F221.いろいろな植物の八重咲き花

 八重咲き花を解剖して調べてみると、いろいろなタイプの八重咲きがあった(表F221)。アサガオやハナスベリヒユの八重咲きはシロイヌナズナやキンギョソウの八重咲きと同じ、萼片−花弁−花弁−の繰り返しであった。しかし、八重咲き花のどれもがCクラス遺伝子欠損タイプの花というわけではなかった。このことは、ABCモデルでは説明できない変異体も少なくないことを意味し、どの植物の花形態形成もABCモデルだけで説明できるとは言えないことを示唆する。

表F221.いろいろな植物の八重咲き花の花器官構成
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アサガオの花の形態変異−変化アサガオ

 ABCモデルがすべての植物種にあてはまるかどうかは、たくさんの種において、シロイヌナズナやキンギョソウと同じように、たくさんの花形態突然変異体を誘導して、それらを解析すればよい。しかし、目的にかなった突然変異体を誘導するのは容易なことではない。ところが、変化アサガオは花形態形成に関する突然変異のコレクションといってよいものである。これを利用できないだろうか。変化アサガオの多くが生じたのは江戸時代後期、文化・文政から嘉永・安政の頃(19世紀前半)である。当時のアサガオの変異花の多くが色刷り木版画の図譜として記録されている。
 これらの朝顔図譜は美的観点から選ばれた花を記録したものなので、出現した変異のすべてが記録されているわけではない。花弁を欠くような変異は見ばえがしないから、たとえ出現したとしても、おそらく記録されなかっただろう。また、図がどれほど実物を忠実に描写しているかはわからない。解剖図ではないから、見えない部分の花器官、特に、雄しべと雌しべは描かれていないこともありうる。このような制約があるものの、『朝顔三十六花撰』(1854年)を始め、嘉永・安政時代の代表的な5種類の朝顔図譜に収録された計246枚の図を調べてみた。その結果、花器官の構成に変異があると思われる花をいくつかのグループに分類することができた(図F231)。

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図F231.変化アサガオの分類(竹能 1999、Plant Morphology 11: 24-31から引用)。

変化アサガオの分類

 花の形態の変化には、萼片、花弁、雄しべ、雌しべの形態の変化と、これら花器官の構成の変化の二通りがある。
 図F231のAの花は、花器官の構成は野生型と同じだが、花弁の合着が起こらないものである。B・Cは、萼片は正常で、雄しべがあるが、花弁が多いもので、花弁の形態が均一なものと異質な花弁が共存するものによってB、Cに細分した。Cでは、外側の花弁は合弁花冠を形成するものもあるが、その場合も、内側の花弁は合着しない。D・Eは萼片は正常だが、花弁が多く、雄しべがないものである。雄しべは単に見えないだけのものも含まれうる。これらも、花弁の形態が均一なものと異質な花弁が共存するものによってD、Eに細分した。Fは花の中にさらに花があるもの、Gは花の中にシュートが発生するもので、貫生と呼ばれるものに相当する。HとIは萼片と花弁が多いもので、萼はそれぞれ一重、二重である。Jは多数の萼片だけからなり、他の花器官はない。いずれの場合も、図からは雌しべの有無は判定できなかった。
 変化アサガオ栽培の特徴は、新たに見いだされた変異花に花や葉の形質に即した共通の呼び方をすることである。例えば、図F231のAの花は「青縮緬抱林風細柳葉薄紫地藍竪筋絞五枚切撫子咲」と呼ばれている(図F241)。これは、葉は緑色、縮緬のようなしわがあり、葉縁が巻き込み(抱え)、葉柄のつけ根がよじれ(林風)、細い柳の葉のようで、花弁は薄紫色の地に藍色の縦の筋が入った絞りもようで、花冠が五枚に切れ、ナデシコのように先端が切れ込んだ形の花であることを意味する。DとFに示した花は図を見ただけでは区別しにくいが、Fのグループの花の記述には「二度」または「度咲」の語が含まれているので、花の中にさらに花が形成されて二度開花する変異であることがわかる。こうして図と名前から形態変異を推定し、見かけの花構成を7つのタイプに分類することができた(表F241)。

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図F241.江戸時代のアサガオ図譜の一例。左上に「青縮緬抱林風細柳葉薄紫地藍竪筋絞五枚切撫子咲」と書かれている。

表F241.変化アサガオにおける見かけの花構成のいくつかのタイプ。( )内のアルファベットは図F231の記号と対応する。

(A)正常(野生型)
(B)花弁が多い(花弁は同形)
(C)花弁が多い(花弁は二形)
(D)花弁が多く(花弁は同形)、雄しべが無い
(E)花弁が多く(花弁は二形)、雄しべが無い
(F)花弁が多く、雄しべが無く、花の中に花がある
(G)花弁が多く、雄しべが無く、花の中にシュートがある
(H)萼片が多いが一重、花弁が多く、雄しべが無い
(I)萼片が二重、花弁が多く、雄しべが無い
(J)萼片が多く、他の花器官は無い




変化アサガオの遺伝学的解析

 江戸時代から維持されてきた変化アサガオは、遺伝学的には貴重な変異のコレクションだから、近代的な植物学が始まると、いち早く研究対象とされた。大正時代以来、変化アサガオは原種アサガオに数回もどし交配して遺伝的背景をそろえた同質遺伝子系統とした上で研究されている。形態が植物学的見地から正確に記述され、関与する遺伝子が確定されて、遺伝子連鎖地図が作製された。これらの論文に報告された形態の記述から、表F241にあげた各タイプの花の実際の花構成が推定できた。

変化アサガオの解剖学的解析

 変化アサガオの多くは、今日に至るまで系統が維持されているので、花を咲かせて、実際にその形態を調べることができる。
 図F261に采咲き(a)、獅子咲き(b)、孔雀咲き(c)、牡丹咲き(d)と呼ばれる花を示す。これらの花の構成を花式図として図F262に示す。

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図F261.変化アサガオ4種類の花。采咲き(a)、獅子咲き(b)、孔雀咲き(c)、牡丹咲き(d) 。

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図F262.変化アサガオ4種類の花式図。左から、野生型、采咲き、獅子咲き、孔雀咲き、牡丹咲き(竹能 1999、Plant Morphology 11: 24-31から引用)。

 野生型の花(図F262-1)は、外側の領域から、5枚の萼片、5枚の花弁が合着して 1つになった花冠、5本の雄しべ、3枚の心皮が合着した1本の雌しべからできている。これに対して、采咲き(2)は花器官の相互変異も数の変化もないが、花弁と心皮の合着が起こらない。獅子咲き(3)は、変形した花弁がたくさんあるが、雄しべは正常である。雌しべは、1本の正常な雌しべの基部に、小さい雌しべが5〜6本生じることが見つかった。孔雀咲き(4)は、雄しべが花弁に変異している。牡丹咲き(5)は、雄しべが花弁に変化し、その中にまた蕾があった。これらの解剖結果から、采咲き、獅子咲き、孔雀咲き、牡丹咲きの花は、それぞれ、図F231のA、B、E、Fのタイプの花に相当することがわかった。
 なお、牡丹咲きでは(図F263)、花の中にまた蕾がある、入れ子構造になっているが(図F264)、最初の花が終わると、中の蕾が生長を始め(図F265)、数日後には二度目の開花を見る(図F266)。江戸時代に、この花が「二度」または「度咲」と呼ばれた所以である。この二度目の花の中には、さらに、小さい蕾が形成されている。


図F263.変化アサガオの一種、牡丹咲き。


図F264.牡丹咲き花(図F263)を解剖してみると、花の中にまた蕾(右下)がある。


図F265.牡丹咲き花では、最初の花(図F263)が終わると、中の蕾(図F264)が生長を始める。


図F266.牡丹咲き花では、最初の開花の数日後に、一度目の花の中にあった蕾(図F265)が開花する。

変化アサガオの花構成

 以上のような、既報の遺伝学的解析結果と新たな解剖結果を加味すると、変化アサガオの花の実際の変異は、表F271のように推定される。萼片の増加する変異(H、I、J)に関しては遺伝解析されたものはなく、解剖もされていないので、正確な花の構成はわからない。これらの変異のうち、(D)〜(J)がホメオティック変異と思われる。(F)の変異はクラスC遺伝子の欠損としてABCモデルで説明できる。しかし、それ以外はABCモデルだけでは説明できない。

表F271.変化アサガオにおける花構成。( )内のアルファベットは図F231と表F241の記号と対応する。(A)は野生型。

(A)萼片−花弁−雄しべ−雌しべ
(B,C)萼片−花弁(増数)−雄しべ−雌しべ(増数)
(D,E)萼片−花弁−花弁−雌しべ
(F)萼片−花弁−花弁−<以上の繰り返し>
(G)萼片−花弁−花弁−シュート
(H)萼片(増数)−花弁(増数)−?
(I)萼片(増数)−萼片(増数)−花弁(増数)−?
(J)萼片(増数)−萼片(増数)−?


 変化アサガオではABCモデルだけでは説明できない変異が多いと推測される。しかし、シロイヌナズナでも、ABCモデルどおりに花の形がデザインされた上で、別の変異が加わって、さらに多様な形態変異が生じる。例えば、雄しべ領域数が増えるシロイヌナズナsuperman変異体は、SUPERMAN遺伝子の影響でBクラス遺伝子が第4領域でも機能すると考えることで説明できる。すべての領域において花器官数が増加するclavata1変異体も同様に考えることができる。おそらく、アサガオでも、ABC遺伝子以外の未知の遺伝子の働きが加わって、多様な変化を生み出したのだろう。変化アサガオの研究から、花形態形成に関与する新たな遺伝子が見いだされる可能性がある。アサガオでは同じ領域の増加、領域内での器官の増加が多いので、SUPERMANCLAVATA1のような遺伝子がみつかるかもしれない。

変化アサガオにおける多面発現

 花器官のアイデンティティが決定された後の具体的な形作りに関する研究はほとんどない。花の形を特徴づけているのは花冠の形であり、花冠の形は花弁がどのような形をとるか、花弁同士が合着するか離生するかで決まる。
 従来、花形態形成の研究の主要な対象となったシロイヌナズナやキンギョソウの花形態変異体では、花以外には目立った変異がない。これに対して、変化アサガオでは一つの遺伝子の作用が多くの形質に現れるところが特徴的である。采咲きと獅子咲きではその傾向が著しい。このように、1つの遺伝子の変異が複数の形質に影響することを多面発現という。基本的に1つの遺伝子の働きが、複数の場面で現れるのである。
 采咲き花は遺伝学では柳変異と呼ばれている。柳変異では花弁が合着しないだけでなく、心皮も合着しない(図F281、10a)(10bは野生型花の雌しべ)。花弁は細く(6a)(6bは野生型花の花冠の曜先端)、子葉や葉も細い(7a・7b)(7cは野生型個体の葉)。柳変異はこのような多面発現を見せるが、基本的には器官が細くなる変異である。言い換えれば、柳遺伝子の機能は横方向の細胞分裂または細胞生長を促進することと思われる。
 獅子咲きの花は、筒状になった花弁の先端が反転して外側に巻き込み、袋を裏返したような形をとる(図F281、8a・8b・8c、8cは8bの断面図)。獅子咲き系統野生型の葉は、表を内側にして葉縁が巻き込むが(9b)、獅子咲き個体の葉ではこの傾向が著しくなる(9a)。花弁の反転も葉のカーリングも、裏と表の生長速度の違いで生ずる現象だから、獅子咲きにかかわる遺伝子の基本的な機能も、細胞生長方向などの基本的な細胞の行動に関するものと思われる。
 このような多面発現という特徴を利用すれば、花の形態発生を葉・茎の形態発生と対比させつつ調べることによって、それらに共通する細胞の挙動から基本的な形作りの仕組みを明らかにすることができるだろう。このような利点を持つ変化アサガオは、これからの花形態形成の研究材料として有用であると期待できる。

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図F281.柳変異と獅子変異の花と葉の形態(竹能 1999、Plant Morphology 11: 24-31から引用)。

采咲きアサガオによる花形態形成研究

 柳変異が咲かせる采咲き花は花構成には変異がなく、花弁が細長くなって離生するため、単純な変異でありながら野生型とは著しく異なる外観を呈するので、花の形作りの制御機構を調べるには好適である。
 柳変異は種子を作れないので、ヘテロで系統を維持している。このことについては、後に述べる。柳系統のヘテロ個体が作った種子をまくと、変異が現れる個体と、正常な個体の二通りが育ってくる。正常な個体を野生型と呼ぶ。変異個体と野生型個体の間で比較をすれば、柳変異がどのようなものであるかを正確に調べることができる(図F291)。

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図F291.柳変異個体(右)と野生型個体(左)の花と葉。

采咲き花の形態

 柳変異個体が咲かせる采咲き花を詳しく見てみると、萼の長さ、雄ずい長、花弁の長さは野生型花と差がない(表2911)。花弁の幅は野生型より有意に狭いが、中肋の幅には差が無いので、変異花の花弁が細いのは、中肋より外側の組織の発達が抑制されることによることがわかる。

表2911.柳変異個体が咲かせる采咲き花の各花器官のサイズ。

萼片長  花弁幅 花弁中肋幅 花弁長 雄しべ長 雌しべ長
(mm) (mm) (mm) (mm) (mm) (mm)

野生型 20±0.29 36±0.64 6.3±0.07 71±1.3 26±1.6 31±0.67
采咲き 20±0.41 11±1.3 6.3±0.35 70±1.5 24±1.2 9.5±1.5



采咲き花の発生

 野生型では、花弁原基の周縁が内側に向けて生長しはじめ、背側に残った部分が中肋となり、内側に折り込まれる部分が合弁花冠を形成する(図2921、上)。これに対して、柳変異花では、花弁原基の周縁生長が弱く、上方への伸長が主となる(図2921、下)。このことから、采咲き花で花弁の合着が起こらないのは、花弁原基の周縁生長の抑制に原因があると推測される。中肋の幅に差が無いのは、花弁原基形成の時点までの生長様式には両者の間に差が無いからであろう。

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図F2921.野生型花(上)と柳変異個体が咲かせる采咲き花(下)の発生過程。いずれも、白いバーは1 mmを示す。

柳葉

 野生型の葉は三尖頭の並葉であるのに対して、柳変異の葉は中央裂片だけで、葉身も細い柳葉である(図F291)。
 このように、柳変異は一つの遺伝子の変異であるが、その作用が多くの形質に現れる。これが多面発現である。一つの遺伝子の作用は基本的に一つだから、花弁や葉に多面的に現れた変異の共通点が、柳変異を起こした遺伝子、柳遺伝子の機能を示すはずである。その基本的な機能はなんだろうか。

采咲きの花弁表皮細胞の形状

 開花した野生型花と采咲き花の花弁表皮細胞を光学顕微鏡で観察し(図F2941)、細胞の縦方向と横方向の長さを測定した。どちらも、野生型より采咲きで有意に短かった。しかし、采咲きにおける横方向の細胞サイズの減少は著しいものではなかった。花弁の横幅の長さを細胞の横方向の長さで割った値を横方向に配列する細胞の数とすると、細胞数は采咲きで著しく少なかった。このことから、采咲き花弁が細くなるのは、横方向に配列する細胞数の減少と、細胞の横方向のサイズの減少の両方に原因があり、前者が主要因であることがわかった。

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図F2941.野生型花と柳変異個体が咲かせる采咲き花の花弁表皮細胞の光学顕微鏡像。

柳葉の表皮細胞の形状

 一方、成熟した野生型葉と柳葉の表皮細胞の縦方向と横方向の長さを同様にして測定した(図F2951)。どちらも、野生型と柳葉で差がなかった。このことから、柳葉が細くなるのは、横方向に配列する細胞数の減少に原因があり、これは花弁が細くなる主要因と一致した。
 花弁合着抑制の原因と推測される周縁生長の抑制も横方向の細胞分裂抑制であるから、柳変異の基本的な性質は横方向の細胞分裂抑制であると考えられる。つまり、変異を起こした遺伝子である柳遺伝子の機能は、細胞を横方向に分裂させることであると考えられる。
 細胞分裂の方向は細胞質表層微小管の並び方で決まり、細胞質表層微小管の並び方には植物ホルモンが関与するので、これらの解析によって、アサガオの花の形作りの仕組みが解明されると期待される。

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図F2951.野生型葉と柳変異葉の表皮細胞の光学顕微鏡像。

変化アサガオの維持

 変化アサガオのあるものは雄しべ、雌しべを欠いているから、種子は作れない。このような植物はどのように子孫を残すのだろうか(図F2101)。
 遺伝子を担う染色体は、普通、 1個の細胞核の中に同じものが2本、対になって存在する。一方は母親から、他方は父親から由来したものである。一対の染色体の同じ位置に同じ遺伝子が存在する。この状態をホモと言う。ある一定の頻度で遺伝子は変異を起こすことがあるが、その確率は大変低いので、一対の染色体上の同じ遺伝子が同時に変異を起こすことはまずない。一方の遺伝子は変異し、他方は正常な状態をヘテロと言う。多くの場合、変異した遺伝子は機能を失うが、ヘテロでは、もう一方の正常な遺伝子があるから、その細胞は見かけは正常なままである。ある個体で、生殖細胞になる細胞が遺伝子変異を起こし、ヘテロの花粉とヘテロの卵細胞が作られて、これらの間で自家受粉が起こると、新しくできた個体には、変異を起こした遺伝子同士がペアになる場合と、正常な遺伝子同士がペアになる場合と、変異を起こした遺伝子と正常な遺伝子同士がペアになる場合の3通りがありうる。正常な遺伝子のホモはもちろん正常で、変異を起こした遺伝子と正常な遺伝子のヘテロも見かけは正常である。しかし、変異を起こした遺伝子のホモは正常に機能する遺伝子が一つもない。こうして個体として機能を失ったものが突然変異体である。もし、変異した遺伝子の機能が雄しべまたは雌しべを作ることならば、この突然変異体は雄しべまたは雌しべを作ることができず、種子も作れないので、子孫を残すことはできない。しかし、この突然変異体の兄弟にはヘテロの個体がある。ヘテロは見かけは正常だから、 雄しべまたは雌しべを作り、種子を作って、次代を残すことができる。そして、次代には、再び、変異を起こした遺伝子同士のホモと、正常な遺伝子同士のホモと、ヘテロの3通りができる。変異を起こした遺伝子同士のホモが突然変異体であり、その兄弟のヘテロが突然変異体と同じ性質を子孫に伝える役割を担ってくれる。

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図F2101.遺伝子突然変異と突然変異体の出現を示す模式図。

 遺伝の法則を知っていれば、不稔の変化アサガオをヘテロで維持する方法は容易に理解できる。江戸時代に見いだされた、雄しべ、雌しべを欠く変化アサガオの系統が今日まで維持されている事実は、江戸時代のアサガオ栽培家も不稔の変化アサガオをヘテロで維持する方法を実践していたことを示している。メンデルが遺伝の法則を発見したのは1865年のことなので、文化・文政時代のアサガオ栽培家はメンデルよりも半世紀も早くから遺伝の法則を応用していたことになる。当時のアサガオ専門書、『牽牛花水鏡』は、「花弁のたくさんあるものは種子を作らない。まれに種子を作ることがあるが、この種子をまいても親と同じ花が咲くとは限らず、普通の花になってしまうことが多い。しかし、その種子をまけばまた変化ものが出ることがある」と書いている。『牽牛花水鏡』は、「変化ものの種子を生じる株を親木と呼び、親木がなければ変化ものは生まれない、どのような親木からどのような変化ものが出るかを見きわめることが必要だ」と続けている。ここで言う親木はヘテロ個体にほかならない。この『牽牛花水鏡』が書かれたのは1818年である。

参考文献

竹能清俊 1999. 変化アサガオ−花形態形成の新しい研究材料−。 Plant Morphology 11: 24-31.
米田芳秋.1977.突然変異体の形態。木原均監『植物遺伝学W 形態形成と突然変異』、裳華房、東京。pp.98-121


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