アサガオの生理学
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アサガオの開花
開花のしくみ

 アサガオのつぼみは、つるが左巻きにらせんを描くのに対して、反対巻きの右巻きにねじれているが、このねじれがほどけるようにして開花する。開花前日のつぼみを切り取って、水にさしておいても(図F111)、つぼみは正常に開く(図F112)。このような性質のため、室内で開花の様子を観察することができる。


図F111.開花前日に切り取って、水にさしたアサガオのつぼみ。


図F112.切り取って、水にさしたアサガオのつぼみは正常に開く。

 開花は花弁の急激な成長による。1枚の花弁でも、内側の成長速度の方が外側の成長速度よりも速い。このような偏差成長のために、花弁は外側に反りかえりながら成長するので、結果としてつぼみは開く。
 アサガオの漏斗状の花は5枚の花弁が融合したものだが、それぞれの花弁の中央に、放射状の厚めの組織が走っている。このような組織は一般には中肋と呼ばれるが、アサガオでは特に曜と呼ぶ。開花前日の夜に、つぼみから曜だけを残して他の花弁組織を切り取ってしまっても、それぞれの曜は外側に反りかえり、翌朝には正常な開花と同じ様子を見せる。つまり、開花とは、中肋が外側に向かって偏差成長することなのである。
 花弁の急速な成長は花弁を構成する細胞の容積の増大による。花弁細胞の容積の急速な増大は、サツキツツジなどの研究によれば、細胞内のデンプン粒が糖に分解されて浸透圧が高まり、そのために細胞内に水が取り込まれることで起こるようだ。

開花する時刻

 アサガオの花が開く時刻は季節によって異なる。しかし、どの季節でも、夜明け前に開いている。アサガオは朝咲く花ではなく、朝にはすでに咲いている花なのである。
 花が開く時刻を毎日調べてみると、7月には夜明け少し前だが、季節が進むにつれて早くなり、10月には真夜中に開くようになる。同じ季節でも、夜明けの気温が低い日は開花時刻は早く、気温が高い日は遅い。
 季節が進むにつれて開花時刻が早まることから、暗くなってから一定時間後に咲くということが推定できる。実際には、暗くなってから開花するまでの時間は季節が進むにつれて短くなる。これは、気温が低い日は開花時刻が早いことを考えあわせると、季節とともに気温が低くなるためかもしれない。

光の影響

 実験的に日長時間をいろいろに変えて、開花時刻に対する影響が調べられた。その結果、明期が6時間から10時間までのときは、明期開始後約20時間目に咲いた。ところが、明期が11時間より長くなると、今度は、暗期開始後約10時間目に開花した。もしも、暗くすることなく、連続照明のもとに置いておくと、開花することなく、つぼみのまま萎れてしまう。
 日本では、アサガオの季節には自然条件での明期は11時間より長いので、この実験での明期が11時間以上の場合に相当し、前日の日没後約10時間目に開花することになる。季節が進むにつれて開花時刻が早まるという、前述の観察結果はこれで説明できる。また、この実験結果を応用して、人工照明を使って昼夜を逆転させてアサガオを育てれば、アサガオは夕方に開花するようになる。また、暗くする時刻を変えることによって、好きな時刻に開花させることもできる。
 このように、アサガオの開花時刻は明暗に影響されるのだが、切り取ったつぼみを水さしして実験しても、同じ結果が得られる。つまり、開花時刻の決定に関しては、明暗を判断するのはつぼみ自身である。これは、花成の決定に関して明暗を判断しているのは葉であることと異なる。

温度の影響

 実験的に夜温を変えたときは、23℃以下では、常に同じ時刻、暗期開始後約10時間目に開花した。ところが、25℃以上では、温度が高くなるほど開花は遅れた。夜明けの気温が高い日は開花時刻が遅いという前述の観察結果もこれで説明できる。
 開花に対する温度の影響はチューリップで詳しく研究された。チューリップの花はアサガオと違って、数日間開閉を繰り返す。気温が上がると花は開き、気温が下がると花は閉じる。おもしろいことに、チューリップの花弁は2枚に剥がすことが出来る。剥がした2枚の花弁組織を水に浮かべて、異なる温度での成長速度が測られた。温度が上がると、花弁内側組織の成長が急速に早まり、温度が下がると、花弁外側組織の生長が急速に早まった。温度の上昇・下降に対して、花弁内側組織・外側組織は異なる反応を示すのである。このため、温度が上がると、花弁内側組織の方が成長量が大きくなって花は開き、温度が下がると、外側の方が成長量が大きくなって花は閉じる。花の開閉が花弁の偏差生長によることはこうしてわかった。

生物時計の関与

 つぼみをたくさん持ったアサガオの鉢植えを暗室に入れ、3日間連続暗黒において、暗視野装置を使って観察し、明暗変化が無い条件でも開花が起こるかどうかが調べられた。連続暗黒中でも開花は起こった。1日目は3〜4時ころ開き始めて、8時頃には完全に開いた。次の日には、別の花が開花するが、やはり、ほぼ同じ時刻に開き始めて、ほぼ同じ時刻に完全に開いた。3日目も同じ結果であった。このように、明暗がない状態でも一定時刻に開花することがわかった。このことから、アサガオの開花は生物時計に支配されていることがわかる。
 このように、アサガオの開花は基本的に生物時計に支配され、一定時刻に開花するよう制御されている。明暗周期があるときは、光のオン-オフで時計がリセットされ、暗期開始後10時間目に開花するのであろう。

植物ホルモンの関与

 植物ホルモンの一種であるアブシジン酸が開花を引き起こすことが分かっている。アサガオのつぼみを切り取って、アブシジン酸溶液に挿すと、連続照明下でも開花する。開花時刻はアブシジン酸処理後約11時間で、通常の開花における暗黒に移してから開花までの時間とほぼ同じであった。
 暗黒に移すことによる開花はアブシジン酸によるものかもしれない。実際、花のアブシジン酸含量を測ってみると、暗黒下では明下の2倍であった。暗黒に移すと、それが刺激となってアブシジン酸生合成が開始され、開花が起きるのかもしれない。アブシジン酸は一般に生長を抑制する働きがあるので、アサガオでは、アブシジン酸が花弁外側の生長を内側よりも強く抑制することによって開花をもたらすのかもしれない。

アサガオ開花の研究

花成については膨大な研究があるのに対して、開花の研究はごく少ない。ここに紹介したアサガオの開花の研究は、その多くが貝原純子さんによるものである。貝原さんは京都大学大学院を修了した農学博士で、花成についても多くの業績がある。貝原さんによるアサガオ開花の研究は、植物学としては大変珍しいことに、専門分野以外でも話題を呼んだ。中学生の頃からの研究を京都大学の瀧本敦教授に認められたものであることは、瀧本教授の著書『ひまわりはなぜ東を向くか』にも書かれている。この啓蒙書によって、アサガオ開花の研究は広く一般にも知られるようになったが、小説家の五木寛之氏はこれを読んだのであろうか、その著書『生きるヒント』に取り上げている。開花に必要である温度と光条件を説明するにあたって、五木氏は、「美しい花を咲かせるには、夜の暗さと冷たさが必要なのだ」と述べている。逆境にある人に対する、生きるヒントとしての比喩である。植物学の成果が文学者の注意を引き、人に勇気を与えるエピソードとして紹介された稀な例である。

参考図書

瀧本敦(1979)「花ごよみ花時計」中央公論社。
瀧本敦(1986)「ひまわりはなぜ東を向くか」中央公論社。
田中修(19xx)「つぼみの生涯」中央公論社。


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